<新聞記事より>
予防医学に関連する記事を拾い読みしました。
■ 《医療相談》子どもの近視 止める方法は(2012.1.20:朝日新聞)
現在11歳の息子は、小学2年の時から眼鏡をかけています。半年から1年の間隔で眼鏡の度が合わなくなり、左右の裸眼視力はすでに0.1未満で、強度近視と診断されました。近視がどこまで進むのか、とても心配です。進行を止める方法はないのでしょうか。(愛知県・T)
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◆答える人 佐藤美保(さとう・みほ)さん・浜松医科大病院教授(眼科学)=静岡県浜松市
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Q 強度近視とはどのような状態ですか。
A 視力が正常だと、目に入った光が網膜の上できちんと像を結びます。近視は、網膜の手前で像が結ばれ、ものがぼやけて見える状態です。眼球の奥行きが標準より長く伸び、ピントが合わないのが強度近視です。ただし、子どもで強度近視と診断されるケースはあまり多くありません。
Q 近視になる要因は?
A 近くの細かいものを見ることが多かったり、両親が強度近視だったりすると強い近視になりやすく、逆に屋外での活動が多いと近視になりにくい、という科学的なデータがあります。
Q 相談者は短時間で近視が進み心配されています。
A 成長期に近視が急に進むことはしばしばありますが、20代で止まるのが一般的です。強度近視でも、眼鏡やコンタクトレンズを使えば、生涯不自由なく生活する人がほとんどです。ただし、網膜が引っ張られて薄くなり、網膜剥離(はくり)になるリスクが高くなるので、40代以上になれば注意が必要です。早期発見が大切なので、強度近視の人は眼科で定期的に精密検査を受けてください。
Q 近視の進行を止める方法はありますか。
A 近視を元に戻すことはできませんが、外でよく遊んだり、長時間のテレビゲームを控えたりすることで、近視を進みにくくできるとみられています。黒板の文字が見える程度に、常に適切な度の眼鏡をかけることも大切です。角膜を削ってピントが合うようにするレーシックは、子どもの目への長期的な影響がまだ分かっていないため、日本眼科学会は18歳未満に行わないよう指導しています。
■ 医療ルネサンス:遺伝カウンセリング(2012年1月:読売新聞)
(1)がんリスク 事前に把握
将来、乳がんになる可能性を事前に知った方がよいのかどうか――。東京都のA美さん(43)は昨年、悩ましい選択に迫られた。
きっかけは昨年2月、姉のB子さん(45)が乳がんと診断されたことだった。
昭和大病院(東京都)を受診したB子さんは、同病院ブレストセンター長の中村清吾さんから「遺伝性乳がん・卵巣がん症候群かもしれません。遺伝カウンセリングを受けてみてはどうですか」と勧められた。姉妹のおばも乳がんを患うなど、家族にがんの発症歴が多かったためだ。
同センターは2010年7月、遺伝カウンセリング外来を始めた。同症候群の可能性が高い人やその家族らが対象。本人の病歴、家族の発症歴などを聞き取って遺伝性がんのリスクを探り、遺伝性かどうか調べる遺伝子検査を受けた方がよいか考えてもらう。カウンセリングの後、B子さんは検査を受けた。がんは遺伝性のものだった。
姉の検査結果を知り、A美さんも、遺伝性がんのことが気になった。姉と同じ遺伝子を受け継いでいれば、発症リスクは高い。
A美さんは悩みに悩み、昨年5月、同センターで遺伝カウンセリングを受けた。認定遺伝カウンセラーの四元淳子さんが担当し、遺伝子検査のもつ意味を教えてもらった。
検査で、がんになりやすい体質とわかれば、がん検診をこまめに受けるなど早期発見につながる。その体質でないとわかれば、不安を解消できる。
結局、A美さんは検査を受けることにした。「結果を知ることは怖い。でも、がんを発症した姉らの姿をまのあたりにし、結果がどうあれ、その後の人生設計につながる検査の利点は大きい」と感じたからだ。その結果、A美さんもがんになりやすい体質とわかった。
「ある程度覚悟していましたが残念でした」とA美さんは振り返る。しかし、現実を受け入れ、未発症でも受けられる磁気共鳴画像(MRI)検査など、同センターが用意した早期発見プログラムに取り組む決意をした。「遺伝カウンセリングは患者さんに寄り添い、遺伝に関する適切な情報を提供し、意思決定を支えるためにある。治療の選択肢も伝えます」と四元さん。
病気の原因となる遺伝子が数多く解明され、遺伝子医療が広がりを見せている。ただ、遺伝情報は生涯変わらず、家族にも影響が及ぶことから、十分な配慮が求められる。遺伝の病気に悩む人を支える遺伝カウンセリングを考える。
<遺伝性乳がん・卵巣がん症候群>
BRCA1・2という遺伝子のいずれかに変異のあるがん。乳がんの場合、70歳までに発症する確率は56~87%。乳がん全体の5~10%を占めるとされる。通常よりも若い年齢で発症するのが特徴。2分の1の確率で親から子に遺伝する。
(2012年1月16日 読売新聞)
(2)羊水検査 結果に悩む
「助けてくださいっ」
関東地方のA子さん(41)は第2子が妊娠15週だった昨年4月、目を真っ赤にして慶応大病院(東京・信濃町)に電話した。
A子さんはその少し前、別の医療機関で羊水検査を受けた。羊水を採取して赤ちゃんに染色体異常があるかを調べる検査だ。A子さんは、もし第2子に障害があったら出産をあきらめようと考えていた。
理由があった。長男は自閉症で、3歳になった今も言葉がうまく出てこない。これまで通りの愛情と時間を注ぎたいが、第2子に障害があったらそれができるのか――。検査は、悩んだ末の結論だった。
人工妊娠中絶について定めた母体保護法は、中絶を容認する条件に「胎児の異常」は認めていない。「母体の健康を害する恐れがある」との条件を拡大解釈しているのが実情だ。
A子さんは検査の結果に戸惑った。「一部の遺伝子に異常はあるが、健康への影響はわからない」という不可解なものだったからだ。かかりつけの産科医に電話したが、「そんな相談をされても困る」の一点張りだった。
「どうすればいいのか」。A子さんは途方に暮れた。
遺伝性の病気について詳しい説明をしてくれる慶大病院をインターネットで見つけたのはその頃のことだ。夫(41)と連れだって慶応大臨床遺伝学センター教授の小崎健次郎さんを訪ねた。
実は、出産を巡って夫婦で意見に違いがあった。検査で障害が見つかれば中絶しようと考えるA子さん。どんなことがあっても出産をあきらめるべきでない、という夫。
カウンセリングで小崎さんは、あえて中絶すべきかどうかには触れず、遺伝性の病気の特徴などを説明。夫婦で判断してもらうことにした。同時に医療機関に羊水の再検査を依頼した。遺伝子の異常を精密に調べるためだ。
その結果、小崎さんは、赤ちゃんが強い発達の遅れを伴う病気になる確率が5%あることを確認。A子さん夫妻に告げた。
中絶ができなくなる期日も目前に迫っていた。それでもA子さんは迷い続けていた。しかし4回目のカウンセリングで、それまで物静かだった夫が涙声で切り出した。
「たった5%の確率で絶対あきらめたくない」。2人は妊娠継続を決めた。
A子さんは昨年9月、無事に元気な女児を出産。うれしくて涙がこみ上げた。
「実は9割方中絶するつもりでした」とA子さん。「夫と思いを共有できたのは遺伝カウンセリングのおかげ。感謝の思いでいっぱいです」
(2012年1月17日 読売新聞)
(3)未検査の妹 気がかり
mechnicsを骨折
「これは大変なことだ」
千葉県の女性(29)は2004年夏、突き指だと思っていた父親(54)の右手の指の症状が遺伝性疾患の「筋強直性ジストロフィー」と診断され、慄然とした。
父親は電気工事の現場監督だった。指が思うように動かないのは「パイプがあたったから」と話していたが、指をまっすぐ伸ばせなくなるなど症状は悪化。父方のいとこも全身の筋力が徐々に衰える病気になるなど、親族に発症歴もあった。
女性は当時社会人1年生。企業の広報担当として仕事に張り切っていた。いつかは結婚し、子どもをもうけ、温かな家庭を作りたいとの思いも強かった。
「でも、もし遺伝していたらそんな幸せは得られないのでは」。不安で胸が押し潰されそうになった。
遺伝の有無は遺伝子検査で確かめられる。
「白黒はっきりさせたい」
女性は翌年10月、検査を受けようと、千葉大病院(千葉市)を訪ねた。
「その前に遺伝カウンセリングを受けてください」
同大教授の野村文夫さん(臨床遺伝専門医)は前のめりになっている女性に優しく語りかけた。
親族が遺伝性の病気を患っている場合、その原因遺伝子を受け継ぐ可能性がある。未発症の人が検査を希望するのは、遺伝性疾患ではないと確認し、安心したいためだ。だが、結果が悪かった時の動揺は大きい。特に予防法や治療法のない病気を告知された場合のショックは計り知れない。
「だからこそ様々な角度から時間をかけ、本当に検査を受けたいのかなど本人の意思を確認する必要があるのです」と野村さん。
カウンセリングは1回約1時間、計6回にわたって行われた。チーム制で、野村さんだけでなく、心の不安を取り除く臨床心理士、症状に詳しい神経内科医らが加わる日もあった。
「マイナス面を考慮しても、やっぱり受けたい」
結局、女性はそう決意した。今後の結婚生活や出産で不安を抱えたままでいたくないという思いからだ。検査の結果、父親の病気は遺伝していなかった。
女性は2007年に結婚。子宝にも恵まれた。
女性は今も気がかりなことがある。検査を受けていない妹に病気が遺伝していないかという点だ。
実は野村さんたちは今も、女性の親族の相談に乗り続けている。認定遺伝カウンセラーの宇津野恵美さんは「検査が終わればそれで終わりではない。親族にも及ぶ遺伝に関するカウンセリングは、その後もずっと続くのです」と話す。
<筋強直性ジストロフィー>
握った手を開きにくいなど筋肉の収縮や筋力の低下のほか、白内障や糖尿病などを併発する。現状では根本的な治療法や有効な予防法はない。症状は30歳頃から。親から子に2分の1の確率で遺伝する。
(2012年1月18日 読売新聞)
(4)副作用の恐れ 体質で判定
大阪府の男性会社員(52)は、地方に単身赴任中だった2009年6月、内視鏡検査で、大腸にがんが見つかった。
兵庫医大病院(兵庫県西宮市)でがんを切除する手術を受けた後、抗がん剤による化学療法に取り組むことにした。用いたのは副作用が比較的少ないタイプの薬だったが、男性の場合はそうではなかった。
自宅で薬を飲み始めて1週間。倦怠感が全身を襲った。最もつらかったのは、下痢と嘔吐。何度もトイレに駆け込み、便器にしがみついた。食欲もなくなった。73キロあった体重はみるみる減少。3週間で13キロ減った。抗がん剤の投与はすぐに中止された。「もう抗がん剤はこりごりだ」
再発に備えて男性は、磁気共鳴画像(MRI)検査を半年に1回受けるなど、こまめな検診に切り替えた。
しかし、11年1月に受けた検査でがんが肝臓に転移していることが判明した。
手術で肝臓の一部を切除したが、副作用のため、例の抗がん剤は使えない。
「もう一つ抗がん剤があります。試してみますか」
男性は、主治医にそう勧められた。この薬はイリノテカン。細胞中のDNAを切断することで、細胞が分裂・増殖するのを抑制する。効果は高いが、難点は10人に2人ほどの割合で激しい下痢などの副作用を引き起こすことだった。
ただ、副作用が表れやすいかどうかは、遺伝子検査で調べることができる。
主治医は、男性に同病院臨床遺伝部長の玉置知子さんを紹介した。抗がん剤の働きや遺伝子検査の意義、副作用のメカニズムなどを理解した上で、検査を受けるかどうかを決めてもらうためだ。
「短い診療時間で、遺伝が絡む問題まで対応するのは難しい。遺伝カウンセリングは、患者さんの理解を補う役割がある」と玉置さんは解説する。
カウンセリングは、約1時間かけて行われた。
結局、男性は検査を受けることを決意。検査の結果、男性は、副作用の出にくい体質と判明し、イリノテカンによる治療を始めた。大きな副作用は表れず、今は通常通りに働けるほか、週に2回、スポーツジムにも通う。「一度、副作用の怖さを味わっただけに、自分の体質に合った治療が受けられてよかったです」
イリノテカンによる副作用の可能性を調べる検査は08年11月、保険適用された。
玉置さんは「遺伝子医療はまだ発展途上で、遺伝子検査でも、副作用の有無も『可能性』でしか示せないのが実情です。遺伝カウンセリングでそうした点もしっかり患者さんに説明することが求められます」と話している。
(2012年1月19日 読売新聞)
(5)臨床医の知識 不十分
「医療者は今後、だれ一人として遺伝のことと無縁ではいられなくなります」
1月初旬、鳥取大病院(鳥取県米子市)で開かれた遺伝子診療に関する院内の勉強会。同病院遺伝子診療科長の難波栄二さんは、会場を埋めた100人を超える医師や看護師たちにそう強調した。勉強会は、医師らに遺伝の知識を提供し、病院全体として、遺伝医療に取り組むのが狙いだ。
同病院では、遺伝子検査や遺伝カウンセリングは、臨床遺伝専門医4人と認定遺伝カウンセラー1人の計5人が主に対応。診療体制は比較的整っているが「病院全体で言えば、遺伝子診療の体制は十分とは言えません」(難波さん)という。
ヒトゲノム(全遺伝情報)の解読など近年の研究で、一部の遺伝病だけでなく、多くの病気にも遺伝の問題が絡んでいることがわかってきた。あらゆる診療科で臨床遺伝学の知識が不可欠となったが、現場ではそれが不足しているのが実情だ。
勉強会の会場では熱心にメモをとる若手医師がいた。循環器内科医の山田健作さんだ。山田さんには臨床遺伝学に関心を持つようになったきっかけがある。
山田さんは昨年3月、心筋梗塞で運ばれてきた40歳代の女性を診察。女性は、先天的に血液が固まりやすい遺伝性疾患を抱えていることが判明した。3人の娘の母親である女性は、娘に遺伝するかどうか尋ねてきたが、どう対応すべきか悩んだという。
医学部での臨床遺伝学の教育に詳しい信州大准教授の桜井晃洋さんは「遺伝の知識が不足している医師が少なくない。医学部での6年間の教育が十分ではないからだ」と指摘する。
桜井さんによると、医学部では、基礎医学としての遺伝学は教えているが、家族の発症歴を整理する家系図をどう書くか、遺伝性疾患の患者やその家族をどう支えるかといった臨床で必要な知識は、学ぶべき基本項目に取り上げられていないという。
こうした現状にもかかわらず、遺伝子検査は医療現場で急速に普及している。臨床遺伝専門医(全国で797人)と認定遺伝カウンセラー(同125人)だけでは対応しきれていないのが実情だ。
このため、日本医学会は昨年2月に「遺伝子検査に関する指針」を公表。出生前診断など判断が難しいケースを除き、「検査の同意確認」などは、原則として主治医が行うと明記した。
難波さんは「指針に対応するためにも、各科の医師が臨床遺伝学を学ぶことは必須。科の垣根を越えて、専門知識を深め合えるようにしたい」と話している。
(2012年1月20日 読売新聞)
■ 口福学入門(2011年6月:毎日新聞)
1 日常生活支える口の働き=山根源之
どのように多くの要素は、人体を構成する
口の働きが毎日の私たちの生活をいかに助けているかご存じでしょうか?
「口」と皆さんが言っているのは専門的には「口腔(こうくう)」と言います。口腔には32本の歯と、歯を支える歯肉と顎骨(がっこつ)があります。このほかに舌、頬、口腔と鼻腔(いわゆる鼻)の間で口の中の上壁にあたる口蓋(こうがい)、口唇(いわゆる唇)などの軟らかい粘膜組織、そして唾液を作る唾液腺があります。口腔から食事を取りますが、噛(か)んで細かくした食品に唾液を混ぜて軟らかくしなければのみ込めません。これを嚥下(えんげ)と言います。嚥下機能が弱ったお年寄りや、体力の弱った方が食事中に食べ物や飲み物、また睡眠時など知らないうちに汚れた唾液を気管内に入れてしまい発生するのが誤嚥性肺炎です。
さらに口腔は眼(め)と同様に表情を作る上でも欠かせません。口を開けっぱなしだと頼りなく見え、への字に結べば機嫌が悪く、とんがらすと不満顔に、口元をほころばすと穏やかです。
東日本大震災の影響はまだまだ続いています。被災者も支援者も歯を食いしばり頑張っています。大災害が発生するとまず生命の確保が最優先です。その後は救援活動が始まり、食料や水を支援しインフラの復旧が行われます。
今回も多くのお年寄りが被災され、中には義歯(入れ歯)を置いたまま避難したり、混乱でなくされた人が多くいるはずです。阪神大震災では避難先ですぐに支障が出ました。救援の食事が食べられない、周囲の人との会話がしにくい、顔つきが変化することなどでした。
その時には多くの歯科医師が救援に駆けつけ、問題を解決しました。周囲の人と同様に食事や会話ができることは精神的な支援にもなります。口腔機能はあまりにも日常的なことなので気にされませんが、突然失った場合には次々と問題が起きて、自分では解決できず生きる気力さえ奪いかねません。小さな口内炎が一つできただけで集中力がなくなり、食欲も減退した経験をお持ちの方は多いはずです。このコラムでいろいろな口腔機能の大切さを伝えていきたいと思います。
(やまね・げんゆき=東京歯科大名誉教授)
2 「8020運動」は幼児期から=山根源之
病気になってから診療所や病院に行くというのが従来の考え方でした。一方、病気にかからない努力もかなり前から進められています。不老不死は無理としてもアンチエージング(抗加齢)についての話題には事欠きません。年をとると視力が低下し、耳が遠くなり、歯が抜け落ちるのは当然と思われていました。しかし、現在では歯が抜け落ちることは老化現象から仲間外れになりつつあります。
89年に始まった80歳で20本の歯を残そうとする「8020(ハチマルニマル)運動」は大きな成果を上げています。達成者は全国平均(05年度歯科疾患実態調査)では20%を優に超え、調査年の本年ではかなり高い値が期待できます。
老年期に近づいてから口腔(こうくう)に関心を持っても間に合わないことがあります。私たちは病院の母親学級に歯科の立場で積極的に参加してきました。妊婦に対して、妊娠中の歯と口腔衛生の重要性を説明し、誕生後の赤ちゃんのための実習もしています。
一昔前は、妊娠すると歯がだめになり、1人出産するごとに歯を1本失うといわれました。現在は出産数が少ないので目立たないだけなのでしょうか。そうではありません。つわりの時に刺激の強い歯磨剤を使うと、気持ち悪くなって磨けない人が多く出て口腔内が不潔になるからです。そういう方には、小さな歯ブラシに水だけつけて、体調の良いときに磨くことをお勧めします。
また、赤ちゃんには歯が生える前から、授乳後に口の周りをふきながら口の中も指で触り、慣れさせますと乳歯が出た後も歯磨きを嫌がりません。少し大きくなれば親の歯磨きを見て子どもたちが毎食後磨くようになります。
幼児期の親の愛情は子どもにとって一生の宝です。子どもの口腔衛生状態を気にかけないことはネグレクトの一つで、多数の虫歯や重症の歯肉炎が見られることがあり、口の中を診ると児童虐待の有無が想像できます。親の管理下にある12歳の永久歯の平均虫歯数は1・4本です。親の思いが子どもの心に残り、多くの人は口腔のケアが習慣になり、一生を通じて歯を残すことにつながるのでしょう。
3 ストレス原因の口腔症状
狭い口腔(こうくう)内には、軟らかい粘膜に接して体の組織で一番硬い歯がところ狭しと並んでいます。それらは年と共にすり減ったり、欠けたりします。また歯を失うと入れ歯やインプラントが入り、粘膜は絶えずそれらの硬いものに接触して傷付けられる運命にあります。
食べながらおしゃべりをしたために、ほっぺたや舌をかんでしまった経験はどなたもお持ちでしょう。これは食べる時と話す時の口の動きが微妙に違っているからで、食べ物を歯の上に送り届けた舌が、逃げる前にかまれてしまうためです。また口腔内の潤滑剤である唾液が減ったり粘り気が増して、粘膜同士がはり付いて話しにくくなったり、入れ歯で擦れて痛みの出ることもあります。
一方で口腔内に原因は無く、ストレスから来る口腔症状もあり、舌がピリピリする、口の中が焼けるようだなどの症状で受診される方が最近増えています。ストレスは体のいろいろな部分に変調を来します。血圧上昇や動悸(どうき)、不眠などは目立ちますが、舌痛、顎(がく)関節症、口腔乾燥、味覚異常などの不快感の原因の一つがストレスと考える方は少ないようです。
歯科の診察で口腔の不快感の原因がストレスと考えた時には、環境の変化や健康不安、対人関係、家族の問題などがないかをお聞きします。これらの質問がなぜ必要か疑問に思われる方も多いのですが、ストレスが口腔症状の原因と理解されるだけで、症状が改善されることがあります。これらは口腔心身症として治療しますが、ストレス以上の精神的疾患が原因の場合は精神科の受診をお勧めします。
口腔心身症は、仲の良いご夫婦でも、定年を迎えた夫と終日過ごすようになった専業主婦の方に多く見られます。まさに「亭主元気で留守がいい」ということなのでしょうか。そのようなストレスは夫婦間で解決してもらうしかありませんが、原因が分かれば工夫の仕方もあるでしょう。心身症の口腔症状は健康長寿のイエローカードと考えて、早めの手当てが必要です。
4 食事に欠かせぬ唾液
ファームうつ病 - 1921
「つばを吐き捨てる」「つばをつける」など唾液についての言葉はいずれも良いイメージはありません。一方、「口角泡を飛ばす」や「生つばをのむ」などの表現は、人間の動作や感情を強調しています。このように唾液は私たちにとって身近なものなのに、十分に評価されていません。
水道が断水したり、チョロチョロとしか出てこないと、直ちに生活を直撃し、長引けば社会全体の衛生状態が悪化して伝染病がまん延します。唾液はほとんどが水分で口の中にわき出る泉のようなもの。1日に約1500ミリリットル出て、本来はきれいで無味無臭です。しかし、口の中の状況次第では多くの微生物を含んだ危険な汚水になります。
唾液は口腔(こうくう)粘膜の表面を洗い流し、食べ物に水分を加え咀嚼(そしゃく)と嚥下(えんげ)がしやすい状態にします。また、水に溶けなければ味センサーである味蕾(みらい)は食べ物の味を認識できず、おいしい食事には十分な量の唾液が必要です。クッキーやゆで卵の黄身は唾液を急激に吸収するので、目を白黒させた経験をお持ちではないでしょうか。
皆さんの生活で唾液が気になるのは、分泌量が減少したり、減少していなくても口の中に乾燥感がある時でしょう。口腔乾燥を主な症状とし、病態が明確なシェーグレン症候群は有名ですが、実際には口腔乾燥を訴える人のごく一部です。緊張した時や、脱水状態の時の口腔乾燥は水分補給で解決します。多くの人は病因も治療法もはっきりしないまま口の乾燥感に悩んでいるのが実情です。この中には精神的ストレスから発症する口腔心身症もあり、診断と治療に苦慮します。
高齢者はいろいろな薬を飲んでいるため、口腔乾燥が起こりやすい状況です。がん化学療法を受けている人の副作用の口腔乾燥も深刻です。しかし、外観上の変化がないため周囲の理解を得られず、精神的苦痛が増幅します。口腔乾燥には、粘膜湿潤剤の応用や粘膜炎への予防的対応が進んでいます。
最近は、唾液から身体の情報を知る研究が進み、実用化も目前です。血液検査は採血が必要ですが、唾液は痛みもなく採取できるので期待されています。
5 顎の痛み=山根源之
食べるとき、話すときには口をいろいろな方向に動かしますが、どうやって動いているのかご存じでしょうか。
口を使うと、唇や頬が動くため、顎(あご)も上下が動くように思えますが、本当に動いているのは下顎だけです。上の歯が並んでいる歯槽骨は頭の骨に固定されています。下顎骨(かがくこつ)の左右の端は頭の骨にある関節窩(かんせつか)というへこみに入っており、そこを支点としてハンモックのようにぶら下がっています。ハンモックの体をのせる場所に歯が並び、下顎骨の表面から周囲の組織へ張り巡らされている筋肉や腱(けん)がこのハンモックをコントロールしています。運動神経に支配された複数の筋肉の緊張と緩みの絶妙なバランスで顎の静止や運動をするのです。
私たちは上下の歯のかみ合わせで顎が最も安定する位置を探しますが、個人の歯並びや歯の欠損状態に左右されます。リラックスしている時には唇は閉じていますが、上下の前歯は接触せず約2ミリの隙間(すきま)があります。一方、ヒトのかみしめる力は意外と強く、その力に耐える歯が健全な場合は、自分の体重に近い40~60キロの力を発揮します。24時間顎の動きに休みはありません。加えてストレスでの食いしばりや、クセで絶えず口を動かすこと、頬づえなどは関係する筋肉のバランスを崩して顎関節症になりやすくなります。
手足の関節と違い、顎関節は左右同時に動きます。ハンモックを斜め方向に振った場合を想像してください。左右の関節には異なったねじれが出るので痛みの原因になります。過度な開口では顎がはずれ、口を閉じられなくなります。
下顎の運動には首の筋肉も関係しており、不調をきたすと肩こりの原因にもなります。人間の頭の重さは体重の約8%、4~6キロあるので、ヒトは常に重い頭を首で支えていることになります。その上、複雑な運動をする下顎をぶら下げているので、どこかのバランスが狂うとすぐに周囲に波及して深刻な痛みなどの症状がでます。
最近は、愛犬の顎関節症がインターネットで話題になっているようです。犬たちにも人間並みのストレスがあるので、口腔(こうくう)状態も変化したのでしょうか。
6 喫煙は歯や口の大敵=山根源之
たばこはかつて、動くアクセサリーなどといわれ、文化人と称する人は皆愛煙家でした。歌舞伎の助六にとってキセルは粋な小道具です。20歳を過ぎなければ喫煙できない法律は、子供を健康被害から守るためのものでしょうが、単に大人と子供を区別するだけだったような気もします。私も人並みに大人の仲間入りと同時にたばこを吸ってみました。団伊玖磨のエッセー「パイプのけむり」に刺激され、パイプたばこの優雅な香りを楽しみ、格好をつけていた思い出もあります。まもなくパイプ愛好者が多いイギリスで口唇(こうしん)がん患者が多いと知り、パイプは磨くだけのものになりました。
同じ煙でも工場や車によるものは比較的早く規制されましたが、たばこの規制は遅々として進みません。海外のたばこの箱には、かなり前から喫煙は肺がん、脳卒中、心筋梗塞(こうそく)、呼吸器疾患、胎児への影響、インポテンツ、喉頭(こうとう)がん、口腔(こうくう)がんなどの発生に関係し、歯周病を悪化させることが明記されています。ところが我が国では、輸出向けたばこには同様な警告の写真を付けているのに、国内向けには文字の簡単な警告だけです。たばこの害を指摘する学術団体や市民団体の提言に対して、健康に害があることを認めながら国は大きな財源ゆえ曖昧な態度を取り続けています。
肺がんや脳卒中など致命的な疾患は、愛煙家にとって気になりますが、口腔へのダメージには気づいていないようです。たばこは生命に関わる口腔がんをはじめ、味覚異常や口臭の原因になり、歯の着色や口腔粘膜に炎症を起こします。歯肉の色素沈着は本人だけでなく副流煙により子供にも起こります。私たちが一生懸命治療をしても喫煙者の歯周病はなかなか治りません。最近では歯科でも禁煙指導を行っています。
板前やシェフは客の喫煙を嫌います。喫煙者は味覚が鈍るだけでなく、たばこの煙と臭いは他の客に不愉快な思いをさせるからです。卒煙した人の多くは、食事がおいしくなったと言っています。卒煙を応援する方法はいろいろとあり、最近の禁煙外来では、喫煙しながらたばこが嫌いになれる保険適用の処方薬も出ています。
■ 靴選び(2009年10月:読売新聞)
(1)ハイヒールで外反母趾
通勤や通学で一歩家を出れば、長い時間、靴を履いて過ごすことになる。また手軽な全身運動として、ウオーキングも人気だ。
しかし足に合っていない靴を履き続けると、姿勢を悪くしたり、病気の原因にもなりかねない。
大学病院で長年、足の病気を診察してきた日本靴医学会理事長の井口傑(すぐる)さんは「受診患者の4人に1人が外反母趾(がいはんぼし)で、増加傾向にある」と話す。足の親指(母趾)が外側に曲がる病気で、進行すると痛くて普通の靴が履けず、姿勢を崩して腰痛や肩こりの原因にもなるという。
外反母趾の3大要因とされているのが「女性、遺伝、ハイヒール」だ。「女性」は関節が柔らかで、筋力が弱く変形しやすいため。また「遺伝」は祖母、母、娘と親子で外反母趾に苦しんでいる人も多いことから。「ハイヒール」は爪先が細く、かかとが高いため、体重の80~90%が足先にかかり、親指が外側に曲がりやすいことから。
外反母趾かどうかは、親指の曲がり具合が基準で、自分でチェックできる。親指の付け根の出っ張りとかかとを結んだ線と、親指の前後の出っ張りを結んだ線を紙に書き、2本の線の角度を測る。井口さんは、15度以上あれば病院の受診を勧める。一度、外反母趾になってしまうと、ハイヒールをやめても治らず、中高年になって変形が進む人もいるという。
このほか、足の指が曲がって固定してしまう槌趾(つちゆび)(ハンマートウ)も多い。爪先に余裕がない靴で指が圧迫されるとなりやすい。また親指の爪の角を切りすぎ、爪先が薄い靴を履いていると、爪が皮膚に食い込む陥入爪(巻き爪)を引き起こしやすい。
井口さんは「正しい靴を選ぶことが、健康と病気予防の第一歩」と話す。次回から靴選びの方法を具体的に見ていこう。
(2)ビジネス用、爪先に余裕を
靴選びには、まず自分の足の大きさを知ることから始めたい。日本靴小売商連盟(東京)事務局長の佐宗秀行さんは「足の大きさは、足の長さを表す『足長』、親指と小指のそれぞれの付け根の幅を表す『足幅』、足幅の周囲を表す『足囲』の3点がある」と話す。
足長は、かかとから一番遠い指で測る。日本人に多いのが、親指が一番長いエジプト形と呼ばれるタイプだ。次いで第2指が長いギリシャ形、どちらも同じくらいのスクエア形の計3タイプがある。
靴のサイズは通常、足長と足囲(男性A~G、女性A~F)で表される。例えば「男性25・0E」の場合、足長が25センチで、足囲は243ミリを表す。足長は0・5センチ刻み、足囲はAが一番細く、6ミリ刻みで増えていく。佐宗さんは「同じ足囲でも、甲が高い人も平たい人もいる。左右で大きさが異なる人もいるので、必ず両足で試し履きすること」とアドバイスする。
靴選びの主なポイントについて、佐宗さんは
〈1〉指が締め付けられず、爪先に1センチぐらいの余裕がある
〈2〉かかとがきつかったり、緩くて抜けたりしない
〈3〉甲がしっかりと固定されている
――などを挙げる。かかとと甲がぐらついてしまうと、足の指が踏ん張ったり、前に動いて爪先に圧力がかかる原因となってしまう。
ビジネス用の靴を休日に買う際、厚い綿の靴下などを履いていると、サイズが違ってしまう。ビジネス用の靴下を持参したい。
一方、スニーカーなどのカジュアルな靴は、運動靴が元になっている。運動靴は、爪先に余裕を持たせず、ぴったり履くのが基本。このためカジュアル靴で爪先に余裕を持たせて選ぶと、ビジネス靴より大きめのサイズになることがある。佐宗さんは「あくまで履き心地を優先して選んでほしい」と話している。
(3)ヒールは高さ5センチまで
「足を美しく見せたい」と、高いヒールや爪先の細い靴を履く女性が多い。しかしメーカーや小売店で作る「足と靴と健康協議会」(東京)事務局長の俣野好弘さんは「長く履き続けると外反母趾などになりかねない。ハイヒールでも足に合った靴を選び、長時間の使用は避けたい」と話す。
靴選びのポイントは男女共通で、爪先に余裕があり、かかとと甲が固定され動かないものだ。その点、開口部の広いパンプスや、サンダルは選択が難しい靴だ。俣野さんは「土踏まずのラインが、足にぴったり合う曲線ならば滑りにくい。甲に留め具などがあった方がいい」という。
ブーツは、筒の太さと形状が脚に合うものを選びたい。全体でくるぶしを包んで保持してくれるので、安定しやすい。かがんだ時に、ひざ裏の腱がブーツの履き口にあたって痛いものは避ける。
俣野さんは「ハイヒールはパーティーやデートの時と割り切った方がよい。移動や通勤は歩きやすい靴を履くなど、賢く使い分けて」とアドバイスする。
ヒールの高さについて、「ヒールは5センチまでで、ぐらつかないものを」と話すのは、靴メーカー「銀座ヨシノヤ」(東京)の森野潤一さん。かかとがヒールの中心に乗っていないと、重心がずれて不安定になり、姿勢も悪くなる。森野さんは「かかととヒールの重心が一致すると、思ったほど高さを感じないと話すお客さんが多い」という。
足と靴と健康協議会では、靴選びについて専門的なアドバイスができる「シューフィッター」を認定している。「専門店や百貨店には資格を持った店員がいるので、気軽に相談してほしい」と俣野さんは話している。
子どもの靴、正しく選んで骨変形予防(2011年9月 読売新聞)
秋は運動に適した季節。子どもが屋外で駆け回る機会も増えそうだ。そこで気になるのが靴。足に合わない靴をはき続けると、指が変形したり、体全体のバランスが悪くなったりするという。靴の正しい選び方を覚えておきたい。
大き過ぎ注意…余裕は7ミリ程度
東京都内の女性(35)は、保育園に通う長女(2)の靴を選ぶ際、いつも大きめのサイズを選んでしまう。「すぐに大きくなるので、ジャストサイズを買うのがもったいなくて。子どもも大きめの方が脱ぎ履きをしやすいみたいです」
同じ考え方の親は多いようだ。子どもの足に詳しい医療関係者や開発者らで組織するNPO法人「オーソティックスソサエティー」(東京)が2004年に幼稚園児223人の足と、使用している靴のサイズを調べたところ、「適合」していたのは43%。50%は1、2サイズ上の靴を履いていた。
「靴が大きいと、中で足が泳いでしまい、転倒の原因になったり、バランスのいい姿勢を保てなくなったりする。指に変な力が加わり、骨が変形してしまうケースもある」と、同法人理事で理学療法士の佐々木克則さんは指摘する。
足の骨格が完成するのは12歳頃。それまでは骨が軟らかく、親指が変形する「外反母趾」などになりやすい。
「痛みや違和感があっても、子どもは上手に伝えられない。親が定期的に足と靴のサイズをチェックし、足に合った靴を履かせてやることが大切です」と佐々木さんは助言する。
「高島屋玉川店」の子ども靴売り場には、毎月約2000人の親子が訪れる。シューフィッターが足のサイズを測定し、靴選びの助言をしてくれる点が受けている。約30ブランド計200型を扱う。運動靴タイプが人気で、中心価格は3000~5000円だ。
「以前はデザイン重視で靴選びをする人が多かったが、最近は、足のサイズを測った上で合うものを選ぶ人が増えてきた」と同店担当者。
靴を選ぶ際は、足の指が自由に動かせるよう、靴の爪先と足指の先端が7ミリ程度余裕のあるものを選ぶ。中敷きを取りはずせるタイプなら、靴から取り出して直接、足を載せてみると分かりやすい。
同店担当者は「かかと部分の安定感と、靴先の軟らかさのチェックも大事」と話す。靴を手に持ち、かかと部分を覆う部分を内側に押してみる。ベコッと簡単に変形するものは足を支える力が弱いので注意する。靴先の方も反らせてみる。靴先3分の1の部分がしなやかに曲がるようなら足を動かしやすい。
「特に女の子は、ヒールのあるサンダルなどでおしゃれをすることもあるが、足に負担がかかりやすい。最低限の使用にとどめた方がいい」と同店担当者は話している。
家庭でサイズ測定
理学療法士の佐々木さんによると、家庭でも足のサイズは測定できる。まず、はだしになって立ち、かかとを壁にくっつける。一番長い指までの長さを片方ずつ測る。左右で異なる場合は、大きい方の足を基準に靴選びをする。
最近は、足の横幅が狭く、甲も薄い足の子どもが増えている。特に女の子にその傾向が強いという。
靴を履く時は、足が靴の中で無駄に動かないよう、しっかり固定することが肝心だ。甲部分に面ファスナーのベルトが2本以上ついたものがおすすめ。座って靴を履き、かかとを床に軽く打ち付けて、かかとを合わせてからベルトをきつめに留める。ひもが結べるようになったらひも靴にしてもいい。
靴選び 転びにくく(2010年3月 読売新聞)
「老化は足から」と言われるように、年を取ると転びやすくなったり、疲れやすくなったりする。健康維持のためのウオーキングも、足に合わない靴では足腰のトラブルの原因になってしまう。つまずきにくく、しっかりと足を支える靴を選ぶことが大切だ。
「年を取ると、知覚や運動神経が鈍る上、筋力も落ち、歩く時にすり足になったり、脚が上がらずに歩幅が狭くなったりしてつまずきやすくなる」と話すのは、日本靴医学会理事長で整形外科医の井口傑(すぐる)さん。
高齢者の場合、転倒して骨折すると、寝たきりになってしまう心配もある。「だからこそ、高齢者は足に合った転びにくい靴を慎重に選ぶことが大切」と井口さんは話す。
では、どのような靴がよいのか?
「理想は、くるぶしをしっかり覆うショートブーツで、ひもか面ファスナーで締め付け具合を調整できるタイプ。こうした靴なら足首を支えられ、靴の中で足が動かないよう固定できます」と「足と靴と健康協議会」(東京)の事務局長、俣野好弘さんは話す。
つまずきの予防には、靴先のデザインがポイント。靴底の先端が、少し反っていて、靴の爪先より前に出っ張っていないものがいい。重さも重要だ。最近は100グラム台の軽い靴も人気だが、俣野さんによると、軽すぎる靴はかかとがつぶれやすく、足を支える機能が弱い場合がある。「片足200グラム以上の適度な重さがあり、かかとの周りをしっかり支える靴がいい」
同協議会では、靴選びの相談に応じる専門家「シューフィッター」を養成。ホームページ(
俣野さんは、履き古した靴を持参することを勧める。シューフィッターが、靴底の減り方などから、歩き方の癖などを分析しやすくなるからだ。
「ダイナス製靴」(東京)のように、足と靴の相談室(予約制、無料)を開いている靴メーカーもある。シューフィッターの靴職人が約1時間、足の悩みを聞き、足の形を計測。靴の履き心地を改善したり、足に合う靴を探したりする。相談者の多くが中高年だという。
靴メーカーの「世界長」(大阪)では、女性用の「トパーズ」(4000円台~)と、男性の「ドクターアッシー」(7000円台~)を作っている。井口さんが監修した靴もあり、靴底は指の付け根部分がよく曲がるなど歩きやすいよう工夫している。親指が小指の方に曲がる外反母趾(ぼし)に対応した靴もある。
履き方に気をつけることも大切だ。靴を履いたら、足のかかとを靴のかかとにピッタリつけ、その後、面ファスナーやひもで足をしっかりと固定させる。「そのようにして靴を履き、足の指先が靴の爪先に触れない程度の余裕があり、指を動かせる状態にしておくことが大切です。足がむくみやすい人は、締め付けを調整できるひもや面ファスナーの靴がお薦めです」と俣野さんはアドバイスしている。
※ 転倒しにくく、快適に歩ける靴の選び方
〈1〉試着の時は、爪先を靴の先まで入れて、かかとと靴の間に小指の先が入るサイズを選ぶ。
〈2〉靴の爪先部分の形は、足の形に合わせて広めのものにする。
〈3〉靴全体が、ねじれたり軟らかすぎたりしないこと。
〈4〉ヒールの高さは3センチ前後で、ヒールの前端に角がないものを選ぶ。
(俣野さんらの話を参考に作成)
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