フェージング チャネルの概要
Communications System Toolbox を使用すれば、オブジェクトまたはブロックを用いてフェージング チャネルを実装できます。レイリーおよびライス フェージング チャネルは、無線通信における実際の現象の有効なモデルです。これらの現象には、マルチパス散乱効果、時間分散、送信側と受信側の間の相対的な運動が原因で起こるドップラー シフトが含まれます。この節では、フェージング チャネルの簡単な概要とツールボックスを利用した実装方法を説明します。
下図は、固定された無線送信機と移動する受信者間の直接パスと、主要な反射パスを表します。影付きの四角形は建物などの反射体を表します。
複数の主要なパスがあるため、受信側では信号が遅延して到達します。さらに、電波信号はそれぞれの主要なパスに対する "局所的な" スケールでの散乱を受けます。一般に、そのような局所的な散乱は、移動体の近くの物体による多数の反射で特徴付けられます。これらの分解できない成分は、受信側で重ね合わされ、"マルチパス フェージング" として知られる現象を起こします。この現象により、それぞれの主要なパスは、離散フェージング パスとして動作します。一般に、フェージング過程は、見通し内パスの方向に対するライス分布とそれ以外の方向に対するレイリー分布によって特徴付けられます。
送信側と受信側の相対的な移動が、ドップラー シフトを引き起こします。一般に、局所的な散乱は移動体のまわりのあらゆる方向から生じます。この状況は、"ドップラー スペクトル" として知られる、ドップラー シフトの広がりを引き起こします。"最大" ドップラー シフトは、移動体の軌跡と逆方向の局所的な散乱成分に対応します。
オブジェクトを使用したフェージング チャネルの実装
オブジェクトを使用して実装するマルチパス伝播状況のベースバンド チャネル モデルは以下のとおりです。
N 個の離散フェージング パス。それぞれのパスに遅延と平均強度ゲインがあります。N = 1 のチャネルは "周波数が一様なフェージング チャネル" と呼ばれます。N > 1 のチャネルは、十分に広い帯域幅の信号によって、"周波数選択性フェージング パス" になります。
各パスのレイリーまたはライス モデル。
指定できる最大ドップラー シフトの Jakes ドップラー スペクトルを使用した既定のチャネル パス モデル。その他のタイプのドップラー スペクトル (一様、制限 Jakes、非対称 Jakes、ガウス、重ガウス、ラウンド) を使用できます (すべてのパスで同一または異なるタイプを使用できます)。
チャネル オブジェクトの作成時に最大ドップラー シフトが 0 に設定されている場合、または省略されている場合、オブジェクトはチャネルを静的 (時間経過に伴うフェージングのない) モデルとして作成し、指定したドップラー スペクトルはフェージング プロセスに影響しません。
遅延とゲインの典型的な値の詳細は、「Realistic チャネル プロパティ値の選択」を参照してください。
ブロックを使用したフェージング チャネルの実装
Channels ブロック ライブラリには、モバイル通信で実世界の現象をシミュレートできるレイリーおよびライス フェージング チャネルが含まれています。これらの現象には、マルチパス散乱効果、および送信側と受信側の間の相対的な運動が原因で起こるドップラー シフトが含まれます。
メモ: フェージングおよび加法的ホワイト ガウス ノイズの両方を使用したチャネルのモデルを作成するには、AWGN Channel ブロックと直列に接続されたフェージング チャネル ブロックを使用します。ここでは、フェージング チャネル ブロックが最初に表示されます。 |
次の表は、各フェージング チャネル ブロックが適している状況をまとめています。
信号パス | Channel ブロック |
---|
送信側から受信側への直接的な見通し内パス | Multipath Rician Fading Channel |
送信側から受信側への 1 つまたは複数の主要な反射パス | Multipath Rayleigh Fading Channel |
複数の主要な反射パスがある場合は、Multipath Rayleigh Fading Channel ブロックの単一のインスタンスはすべてを同時にモデルとして作成できます。ブロックが使用するパスの数は、[Delay vector] または [Gain vector] パラメーターの長さのうちで長い方です (両方のパラメーターがベクトルの場合は、同じ長さでなければなりません。いずれか一方がスカラーである場合、ブロックはスカラーを他の [vector] パラメーターのサイズに一致するベクトルに拡張します)。
状況に適したブロック パラメーターを選択することは重要です。フェージング チャネル ブロックのパラメーターの詳細は、以下を参照してください。
フェージング応答のための補正
フェージング チャネルを含む通信システムは、通常、フェージング応答を補正するコンポーネント (複数のこともある) を必要とします。フェージングを補正するための一般的な方法は以下のとおりです。
差分変調または 1 タップイコライザーは、周波数フラットなフェージング チャネルに対する補正に役立ちます。差分変調を実現する方法については、M-DPSK Modulator Baseband ブロックのヘルプ ページまたは「経験的な結果を理論上の結果と比較」の例を参照してください。
複数のタップをもつイコライザーは、周波数選択的なフェージング チャネルに対する補正に役立ちます。詳細は、「イコライズ」を参照してください。
Communications Link with Adaptive Equalization デモでは、フェージング チャネルの補正が必要な理由について説明します。
フェージング チャネルの可視化
チャネル可視化ツールを使用してフェージング チャネルの特性をプロットできます。
オブジェクトを使用して実装する通信システムについては、「チャネルの可視化」を参照してください。
ブロックを使用して実装する通信システムについては、2 つの方法でフェージング チャネル応答を可視化できます。1 つの方法はシミュレーション中にブロックをダブルクリックするという方法で、もう 1 つの方法はブロック ダイアログ ボックスで [Open channel visualization at start of simulation] チェック ボックスをオンにするという方法です。
ページのトップへ
マルチパス フェージング チャネルのシミュレーションの方法論:
Communications System Toolbox のレイリーおよびライス マルチパス フェージング チャネル シミュレーターは、[1] の節 9.1.3.5.2 の帯域制限離散マルチパス チャネル モデルを使用します。この実装で、チャネルの遅延パワー プロファイルとドップラー スペクトルは分離可能と仮定されます [1]。したがって、マルチパス フェージング チャネルは、線形有限インパルス応答 (FIR) フィルターとしてモデルが作成されます。 は、チャネルの入力における一連のサンプルを示します。チャネルの出力におけるサンプル は との関係が次のように表されます。
ここで、 は、以下によって指定される一連のタップ重みです。
上の方程式では、次のようになります。
各パス ゲイン プロセス は、以下の手順で生成されます。
平均 0 と分散 1 をもつ複素数の無相関 (白色) ガウス過程が離散時間で生成されます。
複素ガウス過程が周波数応答 のドップラー フィルターでフィルター処理されます。ここで、 は目的のドップラー パワー スペクトルを示します。
そのサンプル周期が入力信号のサンプル周期と一致するように、フィルター処理された複素ガウス過程が内挿されます。線形内挿とポリフェーズ内挿を組み合わせて使用されます。
結果の複素過程 がスケーリングされ、正しい平均パス ゲインが取得されます。レイリー チャネルの場合、フェージング過程は、次のように取得されます。
ここで、次の式が成り立ちます。
ライス チャネルの場合、フェージング過程は、次のように取得されます。
ここで、 は k 番目のパスのライス K ファクターで、 は k 番目のパスの見通し内成分のドップラー シフト (Hz) です。 は、k 番目のパスの見通し内成分の初期位相 (ラジアン) です。
帯域制限されたマルチパス チャネル モデルへの入力において、送信されたシンボルは、パルス形成によって導入された帯域幅拡張ファクター以上のファクターによってオーバーサンプリングされなければなりません。たとえば、パルス形成信号の帯域幅がシンボル レートと等しい sinc パルス形成が使用された場合、帯域幅拡張ファクターは 1 です。理想的なケースで、チャネルへの入力に少なくともシンボルあたり 1 つのサンプルが必要です。ファクターが 1 より大きいコサイン ロールオフ (RC) フィルター (パルス形成信号の帯域幅がシンボル レートの 2 倍) を使用する場合、帯域幅拡張ファクターは 2 です。理想的なケースで、チャネルへの入力に少なくともシンボルあたり 2 つのサンプルが必要です。
詳細は、MATLAB Central にある記事「A Matlab-based Object-Oriented Approach to Multipath Fading Channel Simulation」を参照してください。
参照
[1] Jeruchim, M. C., Balaban, P., and Shanmugan, K. S., Simulation of Communication Systems, Second Edition, New York, Kluwer Academic/Plenum, 2000.
ページのトップへ
!doctype>