はじめに
地球物理学を志した背景
秋山 今日はエネルギー・資源・環境,それから,それらのベースになる科学技術やライフスタイルまでキーワードを追ってお話を頂戴したいと思いますが,その前に,芦田先生が地球物理学を専攻なさった理由,背景などについてお話ししていただきたいと思います。
芦田 私,小さい時から田舎で自然に囲まれて育ちまして,未知のものを知るという喜びを非常に強く感じていました。また,田舎ですから周りに色々な物があって,そういう物を探すことにも強い興味を持っていました。それで,大学進学時には,工学部ではなく理学部へ行こうと決めたわけです。京都大学理学部の場合,3年生になる時にやはり目に見えるもので現在見えていないものを探そうということで地球物理に進んだわけです。
地球温暖化問題
メカニズム不明がネックの温暖化対策
秋山 エネルギー需給に関しては2030年ぐらいまでの色々な見通しや問題分析のレポートが多数出されています。資源エネルギー庁の2030年までの需給見通しでは,人口が減り,経済活動もそう伸びないために,わが国のエネルギー需要は,2021年に4億3,200万リットル(石油換算)でピークを打つだろうとされています。一方,エネルギー関連の国際情勢を見ますと,ロシアによるウクライナへのガス供給停止で,エネルギーセキュリティへの関心が非常に高まっています。その流れの中で原子力もルネッサンス(復興)に沸いています。こうしたことを背景に,最近の地球温暖化問題についての先生のご認識,ご意見をお聞かせ下さい。
芦田 環境問題の中で一番大きなものは地球温暖化問題だと思います。と言いますのは,メカニズムがはっきりしないために対策が講じにくいからです。オゾン層の破壊はメカニズムがはっきりしているので,対策を打っています。残念ながら,地球温暖化については,炭酸ガスやメタンガスなどの温暖化ガスが増えれば,傾向として気温が上昇するというのは分かっているのですが,排出量がどのぐらい増えれば気温がどのぐらい上昇するのかがはっきりしません。気温上昇の原因には太陽の11年周期等の黒点活動の活動変化が挙げられます。それによる気温変動と炭酸ガス等が増えることによる気温変動とで,どちらが大きくなっているかという辺りのメカニズムがまだはっきりしません。ここが,地球温暖化問題の一番複雑 なところだと思います。確かに、炭酸ガスが増えると温暖化が進む傾向にあります。今現在の炭酸ガスの増加というのは異常なもので,今まで地球が経験したことのないような急激な増加が見られます。だから,それによる地球からの反応がどうなるか予測できないというようなことは非常に危険なことだと思います。
芦田 譲氏
(京都大学大学院工学研究科教授)
秋山 問題の実態が完全にクリアでないうえに,予測される影響が相当深刻だという中で「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が国際的に専門家を集めて分析をして,参考になる認識をレポートにまとめています。それと,私の個人的な印象なのですが,メカニズムはよく分からないけれども結果がかなり深刻だという問題については,「転ばぬ先の杖」で,より悲観的に見ておけばいいという姿勢で取り組むべきだと思っています。地球温暖化問題に取り組むことは,非常に重要だと言えますね。
芦田 現在の我々は先祖からずっと,地球が蓄えてきた化石資源を利用して文明を開いてきているわけです。これを,地球環境の破壊問題,あるいは汚染問題という負の遺産として子孫に残すべきではないという観点から地球環境問題を考えるべきだと思います。
秋山 温暖化物質の排出抑制について色々な取り組みがあります。IPCCは制度的な取組みですし,当研究所は技術が主体ですから,技術面での取組み,大学では教育という取組みがあるわけです。現状で温暖化も含めた環境問題について,まだまだ努力が欠落しているところはありますか。
芦田 地球温暖化問題は,地球全体の問題ですから,一国,あるいは一地域だけで対策を練っても意味がありません。そういう意味では,「中国人だ,日本人だ,アメリカ人だ」なんて言っている場合ではなく,「我々は地球人」という考えを持って,地球規模で取り組んでいかないと非常に難しいのではないかと思います。地球環境問題というのは利害得失があります。森林破壊の問題についても,例えばインドネシアとかに行って「木を伐採すると森林破壊になるからやめろ」といっても,彼らは日々家族がどうして食っていくかというのが問題で、地球温暖化問題というのは視野に入っていないと言います。彼らに「もともと計画的に焼き畑農業とかをやっていたのに,日本やアメリカが,パルプのために森林破壊をさせいる じゃないか」と言われるとどうしようもないわけです。
だから共通認識に立ってコンセンサスを作っていくことが非常に大切なのです。気候変動枠組条約締約国会議(COP)だとか地球規模に立って利害得失を調整するものがなければいけません。「地球に優しい」などという考えは,とんでもない考えです。我々,あんまり地球に優しいことはしていないわけですので,そういう思い上がった考えを持っていると,地球からとんでもないしっぺ返しを受けることになります。地球は人類が滅亡しても痛くも痒くもないのですが,人間にとっては地球が滅びたらどうしようもない。そういう観点が必要です。
秋山 日々の新聞やニュースを見る限りでは,個々の地域の利害が絡むために,環境問題への共通の取り組みが進まないという事例があります。また,国際的に大きく見ても,先進国と途上国とでは温暖化問題に対する規制のかけ方などで意見の違いがあります。例えば,COPにおける「ブラジル提案」は,産業革命の頃まで遡って,以後の積算したツケを勘定し,これに相当する精算をしたらどうかといっています。それは難しいと思いますが,おっしゃるように国際的にきちんと協力しなければいけないと思いますね。
資源エネルギー問題
EPRで測るエネルギーの質
秋山 地球温暖化をもたらす二酸化炭素等の排出を抑制するために,化石燃料の消費を抑制することが大変重要だと認識されています。一方で,原油価格の高騰化や資源制約の面からも問題が指摘され,経済協力開発機構・国際エネルギー機関(OECD/IEA)の報告書や国内関係省庁の幹部の方々の発言でも,いよいよ「石油ピーク」の到来を前提にしたエネルギー政策を考えなければいけなくなってきた感があります。そこで,石油の将来的な見通しなどについてお聞かせ下さい 。
芦田 液体でこれほど使い勝手のいい燃料というのは石油以外にありません。今,石油の可採年数(現在の確認可採埋蔵量をその年の生産量で割った値)は,41年だと言われておりますが,41年で石油が全く無くなるということではないのです。例えば,今でも石炭は日本でも沢山ありますが,使っていません。資源として存在していてもコスト的に採算が合わないと,エネルギーとして使われないのです。だから,石油の寿命が41年と言っていますけれども,絶対ゼロにはならないのです。次のエネルギーが出てくればもう使われなくなるのです。そういうことで,コストということが非常に重要になります。我々はEPR(Energy Profit Ratio:エネルギー利得率)という指標ですべてのエネルギーを見ていくべきだと思います。EPRというのは出力エネルギーを得るのに,投入エネルギーがどれくらい必要かという指標です。1ならトントンで,1以下なら採らない方がましということになります。
秋山 EPRについて,一般の方に分かりやすく別の言葉でご説明願えませんか。
芦田 例えば,狩人がウサギを追いかけているとします。当然,そのウサギを捕まえるためにエネルギーを使います。うまくウサギを捕まえることができれば,それを食料にしてエネルギーを得ることができます。そこで,使ったエネルギーとウサギから得るエネルギーのどっちが大きいかが問題です。使ったエネルギーが大きければ,うまくウサギを捕まえたとしても,その人は餓死するわけです。だから,それを得るのにどれだけのエネルギーを使うかという観点が非常に重要なのですね。
芦田 原子力についても,昔は4〜40という非常に幅の広い値がありました。今,原子炉のタイプの違いもありますが,電力中央研究所の天野治さんが「原子力のEPRは17.4だ」としています。(図1参照)。エネルギーを見ていく共通指標が出てきたことは重要なことだと思います。
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